Technology 基盤技術
Background 背景
多数の遺伝子を同時に解析する遺伝子検査パネルは10年以上前に開発されました。しかしながら、その基本設計は当時のものと殆ど変わっていません。そのため診療現場では様々な問題が起こっています。既存のパネルは感度が低く、遺伝子異常の見落としが問題になっています。診療に適したパネルを開発するためには高感度の検出方法が必要です。
Gene mutation analysis 異常検出による遺伝子変異分析
現在のゲノム科学の基盤技術は次世代シークエンサーです。個人ゲノム、メタゲノム、単一細胞解析など基礎研究分野と違って、臨床医学では高い感度と正確さが要求されます。
次世代シークエンサーによる遺伝子検査では、対象遺伝子を多数回シークエンスして変異(遺伝子配列の異常)を探します。シークエンサーには読み取りの誤りがあるので、誤りよりも明らかに高い頻度で変異が出現したときに変異ありと判定します。
統計学的には、読み取り誤り(PCR/シークエンスエラー率)とシークエンスの回数(リード数)と変異検出感度(検出限界)の間には左の図上の図のような関係があります。

エラー率が低いほど、リード数が多いほど、検出限界が低下する、即ち感度が上昇する、という関係があります。エラー率はそれぞれの変異で決まった値を取るので、リード数を調節することにより必要な感度を得ることができます。
統計学的に閾値を設定する方法を異常検出 anomaly detection といいます。この次世代シークエンサーの統計学的性質は研究者の間で知られておらず、私達が初めて遺伝子変異分析に用いました。
EGFRリキッドと肺がんコンパクトパネルは異常検出を採用しています。肺がんコンパクトパネルでは、他の遺伝子検査パネルの7〜10倍のリード数を適用することにより、遺伝子異常の検出率を劇的に改善しました。
Modular Structure モデュール構造
抗がん剤の研究開発は日進月歩で、次々に新しい遺伝子をターゲットにした薬剤が開発されています。新しい遺伝子検査パネルも新しい遺伝子に対応する必要があり、そのため搭載遺伝子が少ない小型のパネルは不利で、遺伝子数が多い大型のパネルが良い、とされてきました。
小型のパネルでも新しい遺伝子に対応できるように「モデュール」というコンセプトを考案しました。次世代シークエンサーを使った遺伝子検査では遺伝子をPCRで増幅した後、増幅産物を次世代シークエンサーで分析します。次世代シークエンサーでの処理は共通なので、各々の遺伝子の検査性能は PCR 増幅の段階で決まります。
同時に PCR 増幅する遺伝子のグループを「モデュール」と呼び、「モデュール」ごとに品質管理を行い、薬事申請のデータを取得します。新規遺伝子の追加が必要な場合は、新しい「モデュール」を追加することで対応でき、遺伝子パネル全体の再評価は必要ありません。薬事申請が追加「モデュール」のデータのみで可能になります。
肺がんコンパクトパネルは右の上のモデュール構造を採用しています。

Non-overlapping integrated read sequencing system 非重複統合リード塩基配列決定システム
次世代シークエンサーのリード数を増加することにより、遺伝子変異検出の感度を上げることができますが、非常に高い感度が必要な場合リード数の増加だけでは対応できません。PCR/シークエンスのエラー率を下げる必要があります。一般的に使われる方法が分子バーコード技術です。最初にターゲット遺伝子にバーコード配列を付加してから PCR を行います。
同一分子から増幅された遺伝子は同じバーコード配列を持っているおり、バーコード配列でグループ化します。PCR とシークエンスのエラーは、グループ化された配列のコンセンサスを取ることにより除去することができます。
分子バーコード技術はシドニー・ブレンナー博士(2002年ノーベル賞受賞、イルミナ型次世代シークエンサーの発明者でもある)が発明した技術ですが、そのまま使うと奇妙な現象が起こります:分子バーコードの数は遺伝子の分子数と同一のはずですが、従来の分子バーコード技術では分子バーコードの数は遺伝子分子数より多く、数百倍になることもあります。
原因はバーコード配列にもエラーが入るためで、この問題を克服するために非重複統合リード塩基配列決定システムNon-overlapping integrated read sequencing system(NOIR-SS) を考案しました。NOIR-SS はエラーの入ったバーコード配列を除去するので、遺伝子の分子数計測が可能です。
文献
異常検出
Kukita, Y.; Uchida, J.; Oba, S.; Nishino, K.; Kumagai, T.; Taniguchi, K.;, Okuyama, T.; Imamura, F.; Kato, K. Quantitative identification of mutant alleles derived from lung cancer in plasma cell-free DNA via anomaly detection using deep sequencing data. PLoS One 2013, 8, e81468.
モデュール構造(肺がんコンパクトパネル)
Kato, K.; Okami, J.; Nakamura, H.; Honma, K.; Sato, Y.; Nakamura, S.; Kukita, Y.; Nakatsuka, S.-i.; Higashiyama, M. Analytical Performance of a Highly Sensitive System to Detect Gene Variants Using Next-Generation Sequencing for Lung Cancer Companion Diagnostics. Diagnostics 2023, 13, 1476.
非重複統合リード塩基配列決定システム
Kukita, Y.; Matoba, R. ; Uchida, J. ; Hamakawa, T. ; Doki, Y. ; Imamura, F. ; Kato, K. High-fidelity target sequencing of individual molecules identified using barcode sequences: de novo detection and absolute quantitation of mutations in plasma cell-free DNA from cancer patients. DNA Research. 2015, 20, 269.
その他参考資料
精密医療電脳書(代表個人ブログ:https://precision-medicine.jp/)